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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11631号 判決 1991年12月20日

原告 株式会社ニコル

被告 株式会社ダイヤインターナショナル

主文

原告が被服、布製見回品及び寝具類に別紙標章目録1ないし3記載の標章を使用する行為について、被告の登録番号第二〇一二六四八号商標権に基づく原告に対する差止請求権が存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、登録番号第二〇一二六四八号商標権(本件商標権。その登録商標(本件登録商標)の構成は、別紙商標公報記載のとおり。)を有している。

2  被告は、原告が被服、布製身回品及び寝具類に別紙標章目録1ないし3記載の標章(原告標章)を使用する行為について、原告に対し、本件商標権に基づく差止請求権を有する旨主張している。

二  争点

1  原告標章が本件登録商標に類似するか否か。

2  原告が、商標法三二条一項の規定に基づき、先使用による原告標章を使用する権利を有するか否か。

第三争点についての判断

一  たとえ、原告標章が本件登録商標に類似するものであるとしても、原告は、次のとおり、先使用による原告標章を使用する権利を有するから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しないものというべきである。

二  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和四六年一〇月、デザイナーである松田光弘(松田)が同四三年三月に創業した事業を引き継ぎ、婦人服、紳士服、寝装品、服飾雑貨の企画、卸売及び小売等を目的として設立された株式会社である(甲八、証人甲賀)。

2  原告は、昭和五四年に入って、同四九年の入社以来松田のアシスタントデザイナーを務めていた甲賀真理子(甲賀)をチーフデザイナーとして、新しいブランドの創設を計画した。そして、原告は、そのブランドの名称として、「華麗なるギャツビー」の作者であるアメリカのスコット・フィツジェラルドの妻のゼルダ・フィツジェラルドの名に由来する「ゼルダ」の名称を採用することとし、「ゼルダ」及びそのローマ字表示である「ZELDA」について、弁理士に依頼して、他人が商標登録を受けているかどうかを調査してもらうとともに、取引のある百貨店及び業界の新聞社等を通じて、百貨店及び商業集積施設等に入居している店舗の名称や婦人服の商標に使用されているかどうかを調査したところ、右表示と同一の登録商標はなく、また、右表示が市場において現に使用されていることも認められなかったので、右表示を新しいブランドの名称に決定した(証人甲賀)。

3  原告は、昭和五四年三月頃、同年一一月に開催する予定の翌年度の春夏物の展示会において「ゼルダ」ブランドを発表し、初年度の半年間で二、三億円、一〇年間で三〇億円くらいの売上を計上するという事業計画を立てて、その準備を開始した(証人甲賀)。

4(一) 原告は、本件商標権の商標登録出願前において、(1) 昭和五四年一一月二七日、二八日(青山ニコルビル)、アイテム(デザインの型)数七二の春夏物を展示した「ゼルダ」ブランドの商品展示会、(2) 同五五年二月六日、七日、取引先三五社の協賛を得て、アイテム数七七の「ゼルダ」ブランドを含む原告のブランド全体のセーター、Tシャツを展示した商品展示会、(3) 同年四月一〇日、一一日(青山ベルコモンズ)、アイテム数五五の「ゼルダ」ブランドを含む原告のブランド全体の夏物を展示した商品展示会、(4) 同年六月二四日、二五日(青山ベルコモンズ)、アイテム数一〇一の秋冬物を展示した「ゼルダ」ブランドの商品展示会をそれぞれ開催した。原告は、右(1) の商品展示会の開催の三週間くらい前に、百貨店及び小売専門店に対して五〇通くらい、一般紙及び業界紙の新聞社並びに雑誌社に対して一〇〇通くらいの案内状を送付しているが、関係者に送付する案内状の数は、回を重ねるごとに増えていった(なお、右(2) の商品展示会は、取引先の協賛を得ていたことから、百貨店及び小売専門店に対して一〇〇〇通くらい、一般紙及び業界紙の新聞社並びに雑誌社に対して二〇〇通ないし三〇〇通の案内状を送付している。)。また、原告は、同年五月三〇日、青山ニコルビルにおいて、五〇シーンくらいの秋冬物を発表した「ゼルダ」ブランドのファッションショーを二回開催し、百貨店及び小売専門店の仕入担当者等を対象とした一回目には、一五〇名くらいの出席者があり、新聞及び雑誌の関係者を対象とした二回目にも、一五〇名くらいの出席者があった(甲九の一ないし四、甲一一、証人久田及び同甲賀)。

(二) 原告は、本件商標権の商標登録出願前において、(1) 「ゼルダ」ブランドの宣伝のためのダイレクトメールを、各直営店及びフランチャイズ店から、一般消費者に対して開店当初は三〇〇通くらい、その後は五〇〇通ないし一〇〇〇通くらい、(2) 第二面に「ZELDAライフスタイルがまた新しくなった……ゼルダ」という見出しで「ゼルダ」ブランドを取り上げている昭和五五年六月一七日付の原告の機関誌「NICOLE TIMES」を、新聞社、雑誌社及び小売店を通じ消費者に対して一万部以上、(3) 右(一)の「ゼルダ」ブランドのファッションショーの案内を入れた同年の「ゴールデンウィーク休業のお知らせ」のダイレクトメールを、仕入先、百貨店、小売専門店、新聞社及び雑誌社に対して五〇〇通ないし六〇〇通、(4) 同年七月二五日ないし三〇日に数寄屋橋阪急において開催予定の「ニコル・マダムニコル・ゼルダ」の「サマー・クリアランス・セール」のダイレクトメールを、約五〇〇通、(5) 同年八月二日及び三日に青山ニコルビルにおいて開催予定の「ゼルダ」ブランドを含む原告のブランドのクリアランスセールのダイレクトメールを、原告社員の家族、友人及び歩行者等に対して一万通それぞれ配付した(甲一〇の一、二、甲一七の一ないし四、甲一九、甲二〇、甲二二、証人甲賀)。

(三) また、ファッション雑誌社及び婦人雑誌社は、編集会議で決定したテーマに沿って、時代の反映した品質の高いファッション、流行に沿った被服作りをしているメーカー、デザイナーが制作したファッション等を取材し、その紹介記事をその雑誌に掲載しているものであるが、原告は、本件商標権の商標登録出願前において、右雑誌社から取材を受け、これにより、例えば、(1) 専門家を対象とした「ファッション・ビレッジ」昭和五五年一月号に、松田による甲賀及び「ゼルダ」ブランドの紹介記事、(2) 婦人雑誌「ミセス」同年四月号(三月七日発売)に、「ゼルダ」ブランドの被服を着用したモデルの写真とその説明として「スカートゼルダ」、「ジャケット ゼルダ」との記載のある記事、(3) ファッション雑誌「流行通信」同年五月号に、「ゼルダ」ブランドの被服を着用したモデルの写真とその説明として「製品すべて・・ニコル、ゼルダ」との記載のある記事、(4) ファッション雑誌「ハイファッション」同年六月号(四月二八日発売)に、「ゼルダ」ブランドの被服を着用したモデルの写真とその説明として「ドレス ゼルダ(ニコル)」、「スカート ゼルダ(ニコル)」との記載のある記事、(5) ファッション雑誌「荘苑」同年七月号(五月二八日発売)に、「ゼルダ」ブランドの被服を着用したモデルの写真とその説明として「ワンピース、イアリング、靴 ゼルダ」との記載のある記事並びに「若手デザイナーのワンピース集」欄に甲賀の経歴及び松田による甲賀及び「ゼルダ」ブランドの紹介記事、(6) 右「ハイファッション」同年八月号(六月二八日発売)に、「●ニコルのゼルダ ニコルの新ブランド″ゼルダ″が誕生した。デザインは甲賀真理子。……」との紹介記事、(7) 右「装苑」同年九月号(七月二八日発売)に、右(一)の「ゼルダ」ブランドのファッションショーの紹介記事及び「ゼルダ」ブランドの被服を着用したモデルの写真とその説明として「ワンピース、ブラウス、靴 ゼルダ」との記載のある記事が掲載された。右雑誌のその当時の発行部数は、「ミセス」が約四〇万部、「流行通信」が約五万部、「ハイファッション」が約一五万部、「装苑」が約三〇万部であった(甲一二の一ないし三、甲一三の一ないし四、甲一五の一ないし五、甲一六の一ないし五、甲三〇の一ないし三、甲三一の一ないし四、甲三二の一ないし三、証人久田及び同甲賀)。  5 原告は、右4(一)ないし(三)の宣伝広告等をしながら、原告標章を付した「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類を販売し、昭和五四年一一月に「ゼルダ」ブランドを発表してから同五五年八月までの間に、約二億円の売上を計上し、また、同月当時には、「ゼルダ」ブランドの右商品の販売のために、大手百貨店を中心に直営店八店舗及びフランチャイズ店二七店舗を出店するまでに至った(証人甲賀、弁論の全趣旨)。

6 そして、原告は、その後も、後記7(三)のとおり、平成元年二月に「ゼルダ」ブランドを「MARIKO KOHGA」ブランドに変更するまで、原告標章を付した「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類を販売してきており、同月当時には、「ゼルダ」ブランドの右商品の販売のために、大手百貨店を中心に直営店四四店舗及びフランチャイズ店三二店舗を出店していた(甲八、甲二三、甲二四、甲二五の一ないし三、証人甲賀)。

7(一)  株式会社ブローニュは、昭和五五年八月四日、本件登録商標に係る商標登録出願をし、同六三年一月二六日、設定の登録を経由し、本件商標権の商標権者となった。日本地建株式会社は、同年一一月七日、株式会社ブローニュからの同年二月一〇日の本件商標権の譲渡を原因とする移転登録を経由し、更に、被告は、同年一二月五日、日本地建株式会社からの同年三月二八日の本件商標権の譲渡を原因とする移転登録を経由した(甲一、甲二)。

(二)  株式会社ブローニュは、日本地建株式会社及び被告とともに、本件被告訴訟代理人を通じて、昭和六三年九月一日付内容証明郵便により、原告に対し、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は本件商標権の侵害になるとして、二週間以内に原告標章の使用を中止するよう警告した。原告は、その行為が本件商標権の侵害を構成するものではないと考えたが、本件原告訴訟代理人に相談のうえ、円満に紛争を解決してもらうよう依頼し、同代理人は、株式会社ブローニュらの代理人と折衝したところ、同年一〇月二八日、株式会社ブローニュら代理人から、原告が一〇年間ごとに使用料として一七億円を支払うか、又は原告が七年後に本件商標権を買い受けることとし、その代金とそれまでの間の使用料として合計一五億九〇〇〇万円を支払う、という条件を提示された。しかしながら、右条件は、原告において到底受け容れることができるものではなかったので、原告代理人は、同年一一月二九日、株式会社ブローニュら代理人に対し、右条件には応じられない旨回答した(甲三、甲二七、甲二八の一、二、証人甲賀)。

(三) ところで、原告は、原告標章の使用を継続することによって、被告らから百貨店その他の取引先等に対して原告標章の使用を中止するよう警告がされるなどして、取引先等に迷惑がかかることを懸念し、原告標章の使用を一時中止したうえで、その紛争の解決に当たることにした。そこで、原告は、昭和六三年一二月頃、ブランド名を「ゼルダ」から「MARIKO KOHGA」に変更することを知らせる挨拶状を作成して、これを取引先及び顧客等に配付し、平成元年二月以降は、「MARIKO KOHGA」のブランド名を使用しているが、右紛争が解決したときには、被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する意思を有しており、そのために、同年九月四日、本件訴訟を提起した(乙一、証人甲賀)。

三  右二1ないし5の認定事実によれば、原告は、株式会社ブローニュの本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和五五年八月四日前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、右商標登録出願の指定商品の範囲に属する被服、布製身回品及び寝具類について原告標章の使用をしていた結果、右商標登録出願の際、現に、原告標章が原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認めることができる。もっとも、乙三一によれば、三年間の平均利益率が六%以上の高収益レディスアパレル四六社(原告を含む。)の同五四年における総売上高の合計は、四六二八億二八〇〇万円であることが認められるところ、右二5の認定事実によれば、同年一一月から同五五年八月までの間の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高は約二億円であるから、約二億円の売上高は、右のレディスアパレル四六社の同五四年における総売上高の合計額に比して僅少であるといわざるをえないが、右二4及び5の認定事実によれば、右のとおり、原告標章は、本件登録商標に係る商標登録出願の際、現に、原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認められるところであって、「ゼルダ」ブランドの商品の売上高が右のレディスアパレル四六社の同年における総売上高の合計額に比して僅少であることをもっては、この認定を左右するに足りない。また、乙三二によれば、株式会社矢野経済研究所が、全国の小売店一〇〇〇店舗に、取引を行っているメーカー、問屋のすべてのブランドの評価をしてもらい、これを集計した「81年版レディスブランドの競争力調査」と題する報告書(同五六年四月二五日発行)には、原告のブランドとして、「ニコル」と「マダム・ニコル」が掲載され、「ゼルダ」が掲載されていないことが認められるが、右二4及び5の認定事実によれば、右認定の事実は、原告標章が、本件登録商標に係る商標登録出願の際、現に、原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとの前認定を左右するには足りないというべきである。

そして、右二6及び7の認定事実によれば、原告は、本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和五五年八月四日から平成元年二月までの間、「ゼルダ」ブランドの被服、布製身回品及び寝具類に原告標章の使用をしてきたが、同月以降は、ブランド名を「MARIKO KOHGA」に変更して、原告標章の使用を中止しているものであるところ、原告が原告標章の使用を中止したのは、自らの発意によるのではなく、株式会社ブローニュらから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は本件商標権の侵害になるとして、原告標章の使用を中止するよう警告を受けたため、原告標章の使用を継続することによって、被告らから百貨店その他の取引先等に対して原告標章の使用を中止するよう警告がされるなどして、取引先等に迷惑がかかることを懸念したことによるものであり、原告は、本件紛争が解決したときには、被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する意思を有しているのである。そうすると、原告は、右のような相当な理由に基づき、かつ、その限度において、原告標章の使用を一時中止しているにすぎないものというべきであって、このような場合は、商標法三二条一項の規定にいう「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」に該当するものと解するのが相当である。

四  したがって、原告は、先使用による原告標章を使用する権利を有するから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しない。

(裁判官 清永利亮 宍戸充 高野輝久)

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